奪われたこども
汗が首筋を伝ってすべり落ちていく。
かすかに湿っているタオルでそれをぬぐうと、穏やかな風が流れて肌の表面がひやりとする。しかし寒気を覚えることもなく、ほてった身体には丁度いい冷たさだ。
エッダは地面に足を投げ出し、いま、拳と剣を交わす少年たちへと目を向けた。
躍動する緑と赤。目を引く取り合わせだが、理由はそれだけではない。
あ、まただ。
エッダが注目するのはやや小柄な方の緑の少年。彼は武器を持たず、自身の肉体を得物に戦う。
その拳は重く、日増しに鋭く速くなっていく。
赤毛の彼が剣の腹で突きをいなした。
真剣勝負の顔をしているが、そのなかでわずかに浮かんだのは、今までにない表情――焦り。
シンクの動きとアッシュの表情。
「強くなってるじゃねぇか」
たてがみのような髭をたくわえた顎に手を添え、ラルゴが感心したように呟く。そう頻繁に彼らの手合わせは見られるものではないが、今アッシュの見せた焦りは、シンクと対峙したこれまでには見られなかったものだ。
エッダは頷く。
「全くだよ。あっという間に強くなった……怖いくらいにね」
まるで、空白の時間を埋めるかのように。
シンクの、まっさらだった精神はひどく大人びた少年へと成長した。
無理に背伸びをしているといってもいい。傍で見ていて痛ましいほどだ。
通常ならばゆっくりと時間をかけるものを、短すぎる期間でなし遂げたのだ。どこかに無理が生じてもおかしくなかった。
本音を言えば、こんなことは止めて、もっと穏やかな時間を過ごしてほしい。
起床から就寝まで規律と時間に縛られることも、怖い顔の大人たちに囲まれてそれと対等に渡り合うことも、痛い思いをすることもなく。
かつてエッダが経験したように、ゆるやかに、穏やかに、守られる時間を知ってほしかった。
しかし、何よりも、と願うそれこそが、一番与えられないことも知っている。
シンクの生まれた理由が理由ならば、生かされている理由も理由なのだ。
生への意志は、時として死よりも酷な環境へと身をやつす。
「追いつかれるのは――ううん。追い抜かれるのも、時間の問題かな」
それでも生きていてくれて嬉しいと思うのは、苦しみを解(わか)りきることのない第三者だからなのだろう。
奪われたこども
2018.01.17 初出
2022.04.20 加筆修正