フルーツヨーグルト

「お腹空いたから何か作ってよ」
 と、夜更けにシンクがの部屋を訪れた。そろそろ、室内着から寝間着に着替えようかという時分だ。
 今日一日はずっと、戦闘訓練に時間を費やしていたから、夕食を摂ったとはいえ、身体が空腹を訴えて眠れないのだろう。そういう経験ならにも覚えがある。
 というか、日中の訓練の激しさを思い出し、なんとなく――そうなんとなく、こうなることを予感していた。
 だから夕食前に買い出しに出かけておいたのだけれども。
 食材が目当て通りに使われることに少しの優越感を覚える。にんまり笑ってしまうのも許して欲しい。
「当たった」
「は?」
「ううん、こっちのこと。さあ入って、簡単なものなら出来るから」


 *


 さて、とが向き直ったのは、一人が立って動き回れば手狭になるような簡易キッチンだ。一口コンロと流し台があり、ごくごく簡素な煮炊きなら出来るようになっている。
 小腹が空いたら、食堂に行かなくても調理できることにもろ手を上げて喜んだ。具体的にいうと昇格万歳。ああ響手に昇格できて良かった!
 備え付けの小型保冷機から、先ほど買ってきて冷やしておいたフルーツを取り出す。定番のイチゴ。今日のメニューに欠かせないレモン。それから栄養価の高いバナナ。カット済みの状態で三種一緒に売られていたモモ、ミカン、それとメロン。
「メロンは豪華だよねえ」
「メロン?」
「ううん、何でもない」
 シンクは椅子に座り、が出したカモミールティーを飲んでいる。
 エプロンを身に着け、はまずフルーツを洗い始めた。
 皮ごと食べるイチゴはヘタの根本まで丁寧に。レモンも表面を丹念に洗う。バナナはいいや、皮をむくし。カットフルーツもいい。洗い終えたらざるによけ、盛り付け用の器を棚から取り出して簡単に洗い、水気を拭いて、トレイに乗せる。
 次にフルーツを切る。
 イチゴはヘタを切り落としたら、その断面を下にして縦に四等分にする。飾り用の一個だけ切らずにざるの中に残し、切った分は盛り付けの器へ。
 レモンはまず皮ごと輪切りにする。まるまる一つを使うのは多すぎるので、残した分は蜂蜜漬けにでもしよう。輪切りにした数枚は皮を切り落とし、更に一口大に切って器へ。果汁を絞る一枚だけをやはりざるに残す。
 バナナは皮を向き、一口大の輪切りにする。切った面にレモンの果汁を付けると黒く変色しにくくなるので、ちょいちょいとレモン汁を付着させておく。そうして盛り付けの器の中に放り込む。
 最後はカット済みフルーツだ。あらかじめ切ってあるが、大きすぎる欠片は一口大に切る。
 フルーツを全部切り終えたら、スプーンで軽く混ぜ、種類が偏らないように均等にならす。
 それからそれから。
 再び保冷機を開け、取り出したのが。

「……なにそれ」
「ヨーグルト!」
「よーぐると」
「あれ、食べたことなかった?」
「……ないよ」
「そっか。じゃあ今夜が初めてのヨーグルトだねえ。ふふふ」
 硝子瓶の中の真っ白な物体。
 ヨーグルト、である。
 ここまでこればお察しだろう。
 今夜のメニューは!
 フルーツヨーグルト!
 だっ!

 新しいスプーンでヨーグルトを掬い、「てやっ」混ぜ合わせたフルーツの上に盛り付ける。
 なるべく美味しく見えるように。できるだけ食欲をそそられるように。念じながら、もう一回。白い山がこんもりと盛られる。そこにレモンを軽く絞って果汁をふりかけ、最後に飾り用のイチゴを載せれば、イチゴの赤とヨーグルトの白の対比も眩しい、フルーツヨーグルトの出来上がり。
 盛り付けた器に食事用のスプーンを添え、トレイを持ってシンクの元に運ぶ。

「さあ、召し上がれ」
「どうやって食べるの、これ?」
 初めての食べ物を前に、シンクの声は怪訝そうだ。
「好きに食べたらいいよ。あたしは全部かき混ぜて食べるかな、ヨーグルト好きだし。今日はレモン汁かけたから、混ぜた方が酸っぱくないと思う」
「じゃあ、混ぜる」
 シンクは手にしたスプーンで器のなかを二三回かき混ぜてから、適当なフルーツのひとかけらをすくい、口の中に放り込んだ。
「どう? 美味しい?」
 の問いに。
 少し時間を置いてから、小さくポツリと「まあ、悪くないんじゃない」とだけ感想をこぼしたシンクの口元は。
 の気のせいでなければ、小さく笑みをかたどっているけれども。

フルーツヨーグルト
2018.01.13 初出
2022.04.20 加筆修正

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