夜。溺れる、

「グランコクマ?」
「そう。アニスを仲介に死霊使いから、レプリカ研究の協力要請があった」
「へぇー」
 一日の終わり。珍しく、ほかに人のいない神託の盾騎士団の談話室にて。
 二人並んでソファに座りくつろいでいたところ、シンクがそういえば、と話を切り出した。
 なんでも、マルクト帝国の首都グランコクマに来てレプリカ研究に協力してくれないかと、彼のジェイド・カーティスから打診があったらしい。
「行ったらいいんじゃないの? ジェイドの研究って確か、生物レプリカを代用品じゃないものにするための研究なんでしょ? アニスから聞いてる」
「らしいね。……まあ、行ってもいいとは思ってる」
「いいじゃない。なにか問題あるの?」
「特に、ない。使ってない有給も溜まってるから、それで行こうと思ってるんだけど、」
「けど?」
 レプリカを巡るヴァンとの戦い――通称、第二次栄光戦争と呼ばれるそれ――から一年が経った。
 終戦後、ダアトに戻ってきたシンクとは厳重な監視つきの条件で神託の盾騎士団の復帰が認められ、この間、大きな問題を起こすことなく極めて模範的な兵士として過ごしてきた。そのお甲斐あって最近ようやく監視が外され、一般の兵士と同じように過ごすことが許されるようになった。夜更けの談話室でくつろいでいるのもその恩恵のひとつだ。
も一緒に行かない?」
「あたしも?」
 きょとり、と。シンクの言葉には目を丸くする。思いもよらない言葉に首を傾げた。
「研究に呼ばれてるのはシンクでしょ」
「そうなんだけど。……だから、有給を使って一週間くらい、グランコクマに旅行に行かないかって誘ってるんだよ。言わなくても気づいてくれる?」
「あ、そういう」
 言われてようやく察することができた、と。そう顔に書いてある。
 そんなに、シンクは内心で、にぶいのは相変わらずか……と小さなため息をつく。
「えへへ……そっかぁ、旅行かぁ。いつ行くの?」
「向こうはいつでもいいって言ってるから、手紙の返事を書いて、日程調整して、有給の申請を出して……来月かな」
「日取りが決まったら教えてね、あたしも自分の有給申請しなきゃいけないし」
「分かったよ」
「えへへ、楽しみだなぁ。行ったことないんだよね、グランコクマ。観光地としても有名だし、シンクと一緒なら楽しいに決まってる」
「……そうだね」
 にこにこと相好を崩すを見るシンクの表情は、穏やかだった。


 *


 とん、と白亜の石畳に足をつける。海の青と建造物の対比が美しい、水の都、グランコクマ。
 タラップから降りたは、周りの景色をぐるりと見渡して歓声をあげた。
「ねえシンク、凄いね、港大きいー! 建物も綺麗だし、景色がすごく綺麗!」
「分かった、分かったから大声出さないでくれる?」
「夕焼けと海っていうのもまた綺麗―!」
「人の話を聞け」
 昼前にダアト港を出発し、船に揺られること数時間。グランコクマの港に到着したのは夕暮れの時間帯だった。
 沈みゆくレムの光が白亜の建物を朱に染めあげている。
 周囲には、と同じく景色の美しさに足を止めて溜息をこぼす人々がいた。初めてのグランコクマにはしゃぐの姿は一観光客そのものだ。
「ボクは死霊使いのところに顔を出してくるから、は先に宿に行ってて」
「あれ、こんな時間に行くの?」
「船の到着予定は知らせてあるけど、念のために会いに行った方が問題ないってことが分かるだろ」
「それもそっか。分かった、先に宿に行ってるね。部屋は手配してくれてるんだっけ?」
「その手筈になってる」
「りょーかい! じゃ、またあとでね」
「ああ」
 二人は一旦港で別れた。シンクは研究施設のある軍事区画へ。は宿のある観光区画へ。
 宿の名前と場所は手紙に同封された地図に書いてある。それをに渡したシンクは、心なしか軽い足取りでグランコクマの街並みの中に姿を消した。
 もう、仮面で顔を隠さなくたって、堂々と顔を出して歩いたって、誰にもなににも、構わない。
 じゃないけれども、心が浮き足立っていた。
 
 
「それでこんな時間に来てくれたんですね。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「不測の事態がないってだけでも安心材料になるだろ? こっちは有給を使って来たんだ、時間は有効に使わないと」
「いやはや、さすがですね。神託の盾では一兵卒からやり直したとアニスから聞いていますが、その分だと元の地位に返り咲くのも時間の問題ではないのですか?」
「別に権力には興味ないから、今のままで構わない」
 手紙に記された研究所に足を運べば、話は通っていたようで、自分の名前とジェイドに会いにきた旨を研究所の入り口で告げればすんなりと案内された。
 会うのは一年ぶり、それも以前とは違い敵対関係でもなんでもなく。相変わらず人の食えない表情を浮かべているジェイドは、ようこそグランコクマへ、とシンクを出迎えた。
「研究への協力の快諾、感謝します。オールドラントにはあなた以外のレプリカも多数いますが、社会に馴染んで生活している者は少ないものですから」
「軍人の生活が一般社会かって言えば怪しくない?」
「この場合は集団生活を営めていることに意味があるんです」
 ――とも仲睦まじくしているようですし?
 意味ありげな視線を眼鏡越しに投げかけられ、シンクは眉間に皺を寄せた。
「……なんでアンタがとのことを知ってるのさ」
「それもアニスからの手紙に。いやぁ、若者の恋模様は聞いていて楽しいですねえ」
「あいつ……!」
 ぎり、と拳を握る。ダアトに帰ったら殴る。絶対に殴ってやる。
 シンクがそう心に誓っていると、ジェイドはくつくつと喉を鳴らした。
「実を言いますと、安心しているんです」
「安心? なんでさ」
「エルドラントであなた達と別れたとき、それでも私の中には不安がありました。あなた達が生きて行くことを決めようと、周囲がそれを許してくれるとは限らない状況だった。だから、アニスのからの手紙で二人の安否を知れてよかった」
 ジェイドの懸念は当時のシンクも抱いていたものだった。それだけのことをしてきたのだから当然だ。命を持って償え、といわれたらを引きずってでも逃げようと思っていたけれど。
「……それで、ボクにあんたの研究を手伝えっていうわけか」
「ええ、そうです。生物レプリカの研究を再開はしましたが、課題は山積みです。人々の、レプリカに対する偏見は根強い。ただの代替品だと捉える考えを変えてゆくには、そうでない生き方を実践している実例を示すことが効果的です」
「ハ、笑えるね。レプリカであることを呪っていたボクが、生物レプリカの存在を昇華させようとしている研究に効果的だなんて」
「だから感謝しているんです。研究要請を引き受けてくれたこともそうですが、あなたにそう思わせるだけの存在が傍にいてくれることに」
 ジェイドの低い声は穏やかだ。眼鏡越しの赤い瞳が心なしかやさしい眼差しをしていることに気づき、シンクは、
「……がいなければ、ボクはこんな世界で生きていこうなんて思わなかった」
 取り繕うことのない本心を、珍しく告げた。


 *


 ジェイドとの面談はそう長くはかからなかった。本格的な研究協力は明日から始まる。血中音素濃度を測るために採血されたが、それだけを済ませたシンクは、位置を頭に叩き込んでおいた宿に来ていた。
 フロントのスタッフに用件を告げると、お連れ様は部屋で休んでいらっしゃいます、と鍵を渡された。
 階段を昇り、教えられた部屋にたどり着く。ジェイドが手配しただけあって宿のグレードはそれなりによかった。廊下には埃ひとつ落ちていないし、落ち着いた雰囲気で統一された壁や床が、長時間の移動で疲れた身体をほぐしてくれるかのようだ。
 伝えられた部屋番号が示すドアの前にたどり着いた。鍵穴に鍵を差し込み、開錠する。ドアノブを回してドアを開け――シンクは我が目を疑った。

「あ、おかえりー」

 なぜがベッドに――二つあるベッドのひとつに寝転んでいる?
「……なんでいるわけ」
「それがさぁー、手続きしようとしたら、急に団体客が来ちゃったらしくてシングル一部屋とこの部屋しか空きがないって言われちゃってさ。宿代払わなくていいっていっても、二人で泊まるのにシングルとツインの二部屋使うのもなんだかなぁって思って。だからツイン一部屋にしちゃった」
 シンクは頭が痛みを訴えるのを感じ始めた。この女、同じ部屋に泊まることの意味を理解しているんだろうか。いや絶対に分かってない。のことだからきっと分かってない。
 深くため息を吐く。部屋を取ってしまったものはもう仕方ない。長時間船に揺られて疲れていたのもあるし、今は身体を休めたかった。空いているベッドの脇に荷物を置き、腰かける。
 ごろん、と寝返りをうったがシンクを見て言った。
「晩ご飯、どうする? 宿の一階でもご飯食べれるみたいだけど、あたしは外に食べに行ってみたいな」
「それでいいよ。少し休んだら食べに出よう」
「やったー!」


 観光区画だからだろう、夜でもグランコクマの街は賑わっていた。
「わー、夜でも人いるー! さすがグランコクマ!」
「なに食べる? 店、色々あるけど」
「せっかくなら、ここでしか食べられないようなものがいいよね。ダアトだと海産物全然だし」
「じゃあシーフードを扱ってる店だ。ライス? ヌードル?」
「んー、ライス! パエリア食べたい!」
「はいはい」
 シンクはの手を取った。物珍しさにあちこちをふらふらされては敵わないから、と予防線を張ったつもりだったのだが。
 きゅ、とやわい感触が控えめな力で握り返してきた。とっさに隣のを見れば、はにかむような、照れたような笑みを浮かべている。
「……なに、その顔」
「だって、なんていうか……嬉しくて」
「は? 手なんて繋ぎ慣れてるだろ」
「そうだけど。うーん、上手く言葉にできない。とにかく、嬉しいの」
「分かった、分かった。早く店探すよ、ボクはお腹空いてるんだ」
「あたしもー!」


 *


 繁盛して賑わっている店を選んだだけあって、夕食のパエリアはとても美味しかった。二人は宿に帰り着き、交代でシャワーを浴びることにした。今はが先にバスルームに入っている。
 シンクはソファに深く座り、ため息をついた。
 まさか一週間も同じ部屋で寝泊まりすることになるなど、思いもよらなかった。好きな女と一つ部屋で過ごす夜、果たして手を出さずに耐え切れるかどうか自信がない。
 とは既に幾度となく身体を繋げている。付き合っているのだし、そういう展開になってもいいんじゃないか……とシンクが悶々としていると、バスルームに続くドアが開いた。
「お待たせ、シャワーいいよ」
 出てきたの姿を見て、シンクは絶句した。
 シャワーを浴びて上気した肌を隠しているのが、露出の多いキャミソールとショートパンツだけというのはなにごとだ。
「ちょっ……なにその格好!?」
「え、パジャマ代わりだけど」
 当の本人はこともなげに答える。そこでシンクの理性は切れた。ソファから立ち上がって大股でに近寄り、手首を掴む。突然の急接近に距離を取ろうとが退がるも、すぐに背中がバスルームに続くドアに当たった。
「え、シンク? なに?」
 夜色の瞳がシンクを見上げてくる。この一年でシンクの身長は随分と伸びた。一年前はと並んでいた目線は、今や彼女を見下ろせるほどで。自然と、キャミソールに覆われた胸元が視界に入ってしまう。まったくの無防備な姿に、シンクは低い声で唸る。
「……同じ部屋で寝泊まりするっていうのに、そんな格好してさ。誘ってるって受け取られてもしょうがないって、分かっててやってるわけ?」
 分かってないのならあまりにも残酷だ。そんなシンクの内心など知らぬはずもないは、シンクを見上げ、言った。
「い、いいよ」
「はあ?」
「だから、その……いいよ」
 風呂上がりで上気していたの頬が、それ以外の理由でみるみる朱に染まっていく。
 シンクはの言葉を頭の中で何度か繰り返し、
「……シャワー浴びてくるから、待ってて」
 もはやどちらの熱か区別できない、熱い手首を離した。


 *


 ベッドの上に一糸纏わぬ姿で横たわる。その肌に触れる熱い手の感触は、もうとっくに慣れたシンクのもの。
「は、ぁ……シンク」
「ん……、」
 互いの名前を呼び、キスを交わす。初めは、ちゅ、ちゅ、と啄むようなものだったそれが、何度も角度を変えているうちに深いものへと変わっていく。
 溺れそう、とはくらくらとする頭で思う。否、とっくに溺れている。シンクと初めて身体を重ねたその日から、身も心も彼のものとなったのだから。
 呼吸のために薄く開けた唇の隙間から舌が侵入してくる。丹念に歯列をなぞる感触に、背筋が言い知れようもなくぞわぞわした。の口内を犯す肉厚のそれはぬるりと舌を絡め取ってくる。表面はざらざらしているのに、肉の感触はやわらかく。刺激の落差で頭の芯が痺れそうだった。舌を絡め合わせ、押し付け合い、互いに舌の感覚を味わう。飲み込み切れなくなった唾液が透明な雫となり、の口の端からこぼれ落ちていった。
 唇を離したシンクの目は、ベッドサイドの灯りを受けてもなお分かるほどの情欲を宿している。でもそれはきっと自分も同じなのだろう、とはぼんやりとほどけていく頭で思った。
 首筋にシンクの唇が落とされる。それは鎖骨、胸元、とだんだんと下りていき、胸の頂のほど近いところででやわい肌を強く吸った。ああ、シンクの痕が残されていく。明日には鬱血痕となってることだろう。
 シンクの大きな手がの胸の膨らみを包み込んだ。思い返すのは何年か前のことで、シンクと手の大きさを比べたら同じくらいだったというのに、今や身長がぐんと伸びたシンクは成長に伴い手まですっかり大きくなってしまった。そんな所に性差を感じ、シンクも男なのだと痛感させられる。
「ちょっと、余計なこと考えてない?」
「あっ!」
 シンクの鋭い観察眼はベッドの中でも遺憾なく発揮された。敏感な胸の先端を指で弾かれ、びくりと腰が震えた。感触を確かめるように胸を揉みしだかれ、熱い手のひらの感触に吐息がこぼれる。
「ふ、ぁ、シンク、」
「ん、」
 熱い手が片方の胸から離れていったかと思えば、その胸の先端をぱくりと食まれた。胸を揉まれた刺激ですっかり膨らんだそれを、シンクの舌で転がされ、軽く歯を立てて甘噛みされ、吸われる。刺激が与えられるたびにの喉から甘い声が上がる。
「んぁっ、ふ、うぅん、あっ……ん」
 もう片方の胸もいつの間にか、ぷくりと熟れたそこを指でこねくり回され、摘まれ、指で弾かれて。二つの胸の乳頭から与えられる、異なる刺激がの理性をとろかせていく。
 シンクの空いている手が、するすると腰を撫で、そのまま下りていき内腿を何度も撫で回す。
「あ、シンク、もう……触って」
 内腿を撫でる手が段々と際どいところへと近づいてくる。その感触には期待せずにいられなかった。唇を離したシンクが、嗜虐心を孕んだ瞳でを見下ろしてくる。
「いいの?」
「ん、お願い、」
 散々胸を刺激されたお陰で、秘部が濡れている感触が自身にも分かった。
 シンクは胸を弄んでいた手を離し、の足を軽く開かせ、露になったそこにもう片方の手を這わす。茂みをかき分け、蜜壺からあふれた愛液を指に絡ませてから蕾に触れる。
「あんっ……!」
 まだ柔らかかった蕾も、液の滑りを借りながら何度もこすっていく内に段々と膨らんでいき、中心が固さを帯びていく。
「あっ、は、ぁ、シンク、も、だめ……!」
 秘核をこすられていく内に熱が高まり、集まったそれが弾け、身体がびくびくと震えた。これだけで気持ちいいけれども、もっと、と身体が欲を持つ。シンクと何度も身体を重ねているうちに覚えてしまったことだ。
「挿れるよ、いい?」
「うん、」
 両足を抱き抱えられ、大きく足を開かされる。
「っあ、ん……」
 達したばかりでまだ蠢いている秘部の入り口に、熱いものが宛てがわれた。ゆっくりと挿入されたそれを受け入れるの中は敏感で、押し進んでくる熱い固さにも喘いでしまう。
「ん、ぁ、ふあっ」
 やがて進入が止まった。ぴったりと奥まで入ってきた質量に、の胸が高鳴る。シンクと一つに繋がっている、そのことに幸福を覚えると同時に、どうしようもなくもっと抱かれたいと欲が湧く。
「シンク、すき……」
 己を組み敷く少年を見上げて告げれば、彼は深緑の瞳をつい、と細め。
「ボクもだよ。好きだ、
 足を抱えていた片手を離し、の頬を優しい手つきで撫でる。
 と、繋がった体勢のままシンクが上半身を起こし、抱えたの片足を肩にかけた。それによってできた隙間を埋めるように、ぐっと身体を押し進める。「あっ、ん!」いつもは当たらない奥にまで届き、は思わず喘いだ。
「動くよ」
「いいよっ……」
 慣れない体勢だけれども、つらさはない。の確認を取ったシンクが腰を動かし始めた。深く埋まった楔を引き抜くように、ゆっくりと時間をかけて抜ける寸前まで腰を引き、またうずめるようにゆっくりと腰を押し進めていく。引いて、押し込んで、また引いては穿ち入って。ゆったりとした抽送のなか、感じやすい部分が擦れるたびにの喉から嬌声が上がる。
「あっ、んっ、ぁ、あんっ」
 普段と違う体勢のせいで敏感な部分に当たりやすく、いっそう快感を拾ってしまい、身体がどんどん熱を帯びていくのが分かる。それに加え、いつもは届かないような奥まで突かれるお陰で強く感じてしまう。もっと、もっと気持ちよくなりたい、そんな思いで頭がいっぱいになる。咥え込んだシンクの陰茎とのナカが擦れるたび、理性がどろどろに溶けていく。
「シン、クっ、この体勢、いつもより感じちゃ……ああっ、ん!」
 あまりに快感を得やすいため、少し体勢を変えようとしたけれども腰をしっかりと掴まえられているため叶わず、そのうえ強く奥まで一息に突かれた。それすらもうどうしようもなく気持ちよく、は喘ぐしかない。
「気持ちイイ?」
「よすぎて困っちゃ、あっ、やっ、んっ、あ……っ!」
 答える間にも腰を動かされ、最後まで言葉にできず嬌声に変わってしまった。余裕のない頭でシンクを見上げれば、彼はうっすら笑みを浮かべながらもかすかに眉を寄せていて。
「ボクも気持ちイイ、よ……! 加減するので精一杯だ……!」
「あんっ、あ、ああっ」
 なにも余裕がないのはだけではなかった。シンクもまた、普段と異なる体位での挿入と抽送にいつも以上に快感を得てしまい、を気遣う余裕がない。ゆるやかだった前後運動が徐々に速さを上げていく。
 快感を拾いやすいところを何度も何度も擦られ、いつもより奥まで深く突かれ、の身体の熱が一点に集まっていく。繋がった部分から粘着質な音が上がるのも、より興奮を掻き立てていく。
「も、だめ、あっ、あああ――!」
 甲高い声とともに熱が昇り詰め、そして弾けた。


 *


 ふわりと意識が浮上する。目蓋の裏でほのかに光を感じ、シンクは朝か、と起き抜けのぼんやりした頭で思う。
 昨夜は結局、一度では終わらず何度もを抱いてしまった。ダアトならこうはいかないが、今は旅行中の身でグランコクマにいる。これくらいは許して欲しい。
 時間を確認しようと身を起こしたところで、隣で眠るから微かな声があがった。「ううん……もう、朝?」その声はひどく掠れている。
「おはよう」
「おはよ……。……うわ、声全然出ない……水欲しい」
「はいはい」
 シンクはベッドから抜け出て裸足のままサイドチェストの前に立ち、水差しからコップに水を注いだ。それをに渡せば、彼女はベッドに身を起こしてから、ごくごくと細い喉を鳴らして一気に飲み干した。
「ぷはー。あーもう、ゆうべはえらい目にあった……」
「……無理、させた?」
「無理ってほどじゃないけど、いつもと違う体勢でしたから、足がちょっと痛い」
 そう言ってシーツ越しに足を撫でるので、シンクはやりすぎたか、と昨晩の己を振り返って反省する。
「悪かったよ」
「いーよ、まあなんていうか、その……」
 が口ごもる。それから気恥ずかしそうにそっとはにかみ、シンクにとってとんでもないことを言ってのけた。
「なんだかんだ、気持ちよかった、から」

夜。溺れる、
2023.04.09 初出

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