ひだまり。それは命のある場所。
決戦の地、エルドラント。
対峙する男女たち。
その一方は白を基調とした決戦装束に身を包んだシンクと。もう一方はついにここまでやってきたルーク一行。
「――アンタたちと空っぽのボク。世界がどっちを生かそうとしているのかさぁっ!」
シンクが吼える。
戦いの火蓋が切って落とされた。
数の上でいえばルークたちの方が上だが、死力を賭して戦う二人は手強い。主に前衛を務めるシンクの負傷を後衛のが治療したかと思えば、後衛に下がったシンクが詠唱している間、が前衛に踊り出て譜術発動までの時間を稼ぐ。
連携が出来上がっているのだ。
決定打がないまま、両陣営とも体力気力を消耗していく。
けれどもルークたちはここで全力を使い切るわけにはいかない。二人を退け、先へと進み――最後に待ち受けているヴァンを倒す必要がある。
「このままでは埒があきませんね」
「ああ。どうするか……」
いったん中衛まで退がったルークへ、傍らに立ったジェイドが話しかける。前衛ではルークに代わりガイがシンクと戦っていた。の相手はアニスとティアが担っている。ナタリアは万が一のための退路確保要員として、戦闘には参加していない。――というのは建前で、直前に知らされたアッシュの死により冷静に戦うことは難しいだろう、と判断だった。
「厄介なのは二人の連携ですね。シンクを削ってもが治してしまう。を削ろうとしてもシンクに阻まれる。よく連携が取れている」
「そこをなんとか切り崩さなきゃな」
悠長に作戦会議をしている暇はない。
うぉ、とガイの短い悲鳴が耳に届いた。シンクの奥義を間一髪のところでかわしたのだ。
「あのさ、ジェイド。俺……思いついたんだけど」
「聞きましょう」
ルークはジェイドに耳打ちする。それを聞いたジェイドは「ふむ」と頷いた。
「やってみましょう」
「俺、伝えてくるよ」
まずはを相手に後衛で戦うティアに。次にと距離を取るため中衛付近まで下がっていたアニスに。最後にシンクを相手取っていたガイと入れ替わるその隙に。
「ふん。なにを企んでるのか知らないけど、しょせん無駄なあがきさ!」
「やってみなくちゃわからない!」
一合、二合と剣を振るい、シンクと打ち合う。
*
は目前のアニスと戦いながら、ちらりとシンクの様子を視界の端でうかがう。
軽い負傷ならあるようだけれども、治癒術をかける必要はなさそうだ。ルークとガイの二人を相手によく戦っている。こちらはいま、アニスとティアの相手をするので手一杯だ。いま回復を、といわれても応えられそうにない。
先ほどアニスが若干退がった際、ルークと二三言を交わしていた。
それからだ。アニスの攻撃が激しくなったのは。
大きな人形が目前に迫っているため視界が遮られがちになり、戦いの全体図の把握が難しい。目の前のアニスを相手どるので精一杯だ。ティアの繰り出す譜術は間一髪で避けている。
これでは連携もままならない。シンクに呼びかけようとした、その、瞬間だっだ。
「大地の咆哮。其は怒れる地龍の爪牙――グランドダッシャー!」
譜術の完成を朗々と叫ぶのは
途端、の足元が崩れ、轟音を立てながら激しく隆起し、大地の牙が彼女へと襲いかかる。
「うああっ!」
「っ!」
譜術の直撃を受けた身体が吹き飛び、どさりと音を立てて地に伏す。悲鳴をあげたを見遣ったシンクは、その姿を見てとっさに眼前のルークたちから距離を取った。ほとんど無意識の行動だった。そのままの元へと駆け寄る。
「……!」
膝をつき抱き起せば、意識はないようだが呼吸している――生きている。身体中あちこちに大小の擦過傷を負っているものの、身体はきちんと温かい。それを確認し、知らず知らず安堵のため息がこぼれた。
「――それが答えなんじゃないか?」
ルークの声が響く。
戦場に似つかわしくない、穏やかな声色だった。
振り返れば、静かな緑色の眼差しが真っ直ぐに、シンクと、彼の腕の中のに向けられている。
「なにを……」
「お前は空っぽなんかじゃない。ちゃんといるじゃないか。……大切な人が」
とっさに俺の相手を止めて駆けつけるぐらいに。
そう。
シンクはが悲鳴をあげたとき。戦闘中にも関わらず、相対しているルークたちのことなど思考から消えていた。反射的に持ち場を放り出し、に駆け寄ってしまっていた。
戦士としてあるまじき行動だ。そうでなくともここは決戦の場。命をかけて戦い、ルークたちを倒すつもりだった。その、つもりだった。背を向けた瞬間に斬られていてもなにもおかしくない、この場所で、そんな行動をとってしまった。
けれども。
この生きるか死ぬかの瀬戸際で、は、シンクにそうさせるだけの存在なのだと、ルークは言う。戦っている相手のことなど頭から消え去って、ただ傍に駆け寄って、生きているかを確かめずにはいられないような存在なのだと。
それだけ、シンクのなかでが大きな存在であり――シンクは空っぽなどではないのだと。
腕の中の重みを見下ろす。意識がなくぐったりとしているが、胸は静かに上下している。
生きている。確かにここにいる。
そのことが――こんなにも。
こんなにも嬉しい、だなんて。
「……ああ、」
ため息とともに吐き出す。
「業腹だな。お前に言われるなんて」
言われてようやく、直視せざるを得なくなったなんてさ。
ずっと目を背けていた。
感情に蓋をしていた。
自分にはなにもないのだと言い聞かせていた。
そうでないと生きていけなかったから。
でも。
でも、そんな自分の傍に、はずっといた。いてくれた。あたたかなものをたくさんくれた。ヴァンに拾われたときに傷を癒してくれたことが最初だったことを覚えている。
抱えるぬくもりがなにより大切なのだと、空っぽだと思っていた心がそう叫んでいる。
「どうやらボクは……空っぽじゃないみたいだ」
認めよう。が大切だって。
……それはすとんと胸に落ちた。
認めてしまえばあっけない。今まで頑なに、それを認めようとしなかった自分に笑えてくるぐらいだ。
「……行けよ。ボクたちの負けだ」
顎で行き先を示す。もはやシンクに戦意がないことを感じ取り、ルークらは戦闘態勢を解いて歩き出す。
「あとはヴァンに任せる」
預言が無くなるか、人類の自由を勝ち取るか。
シンクは静かに盤上から降りた。腕の中のと共に。
*
うぅん、と声が上がった。
シンクがはっと見守るなか、睫毛がふるりと震えたかと思えばゆっくりと目蓋が持ち上げられ――、
「……ぁ、シン、ク?」
夜色の瞳がしっかりとシンクを捉えた。
「あれ、あたし、確か攻撃食らって……」
「そのまま気絶してたんだよ」
「――ルークたちは!? つぅ……」
がばり、と勢いよく起き上がったものの、痛みを覚えてまた横になる。
深い傷は行きがけにティアが癒してくれたが、頭を打っているかもしれないと、シンクが足を投げ出して座りそれを枕にを寝かせていた。
「大人しくしてなよ。死霊使いの術をまともに食らったんだからさ」
「……シンク、どうなってるの? 状況は?」
上目遣いでが問うてくる。
「ボクたちは負けた。それだけだ」
「それだけ、って」
が困惑するのも無理はない。戦闘中に気絶し、目が覚めたら敵対していたはずのルークたちはいなくなり、自分はシンクに膝枕されているのだから。
それに見たところ、シンクには気絶する以前に確認した以上の怪我がない。一人で戦闘を続行したようでもないようだ。なにが彼を戦いから退かせたのだろう。
「……空っぽだと思ってたんだけど」
ぽつり、シンクが呟く。
「ルークに言われたよ。アンタが答えだって」
「あたしが、答え……?」
「が攻撃をくらったあのとき、生きてるかどうか気が気じゃなかった」
は、今度はおそるおそる起き上がり、シンクの隣に座り込んだ。途端、二本の腕が伸びてきて、ゆっくりと、だがしっかりと抱き締められる。
服越しに伝わる体温が、が生きていることをシンクに教えてくれる。
「……生きててよかった」
は息を飲んだ。いま、シンクは、なんと言った?
生きててよかった――が生きていてよかったと、そう言っている?
「シンク、どうしちゃったの?」
「が大切だ。……大切なんだ。そう気付いた。気付かされた」
声はどこまでも穏やかだ。
「シンク、」
身体に回る腕の力が強くなった。苦しいくらいのそれが、いま自分が生きていることを教えてくれる。
それをシンクが、自らの生まれを呪っていたシンクが、喜んでいる。のことが大切だと言ってくれる。
ああ。と、声にならないため息をもらす。
やっと――やっと彼は一歩を踏み出せたのだ。
そうっと腕を伸ばし、シンクの背に腕を回す。
「あたしも、シンクが大切だよ」
「ああ」
「生きててほしい、って思う」
「ああ」
「一緒に、生きて。傍にいるから、傍にいさせて」
懇願するように、回した腕に力をこめる。
重なり合った身体から互いの心臓の鼓動が伝わってくる。
生きている。シンクもも、生きている。
ただそれだけのことが、こんなにも胸をふるわせる。
「イヤって言っても離さないよ」
「言わない。言う訳ないじゃない」
「言ったね。二度と離さないから、そのつもりでいなよ」
「もちろん」
二人でならきっと、生きていける。
ここから、新しく始まる。
ひだまり。それは命のある場所。
2022.04.13 初出
2022.04.22 加筆修正