手。伸ばしても届かない、
「タルタロスにはボクが潜入する」
作戦会議の場でそれを聞いたとき、エッダは我が耳を疑った。驚きで声をあげなかったことを褒めたいくらいだ。それだけ、衝撃的だった。
けれどもエッダの動揺などお構いないしに、作戦会議は進行していく。参謀総長を務めるシンクが、淡々と作戦の内容を展開させていく。たったいま、己の命の行く先を告げたその口で。
ルークたちはいま、外殻大地を降下させるために動いている。
そのために、まずは振動している地核を静止させるべく、復元させた創世歴時代の音機関を取り付けたタルタロスを地核へと沈めるよう動いている、との密告があった。各地に忍ばせている間者からは、確かにシェリダンでそれらしき音機関を製造している、との情報が流れてきていた。
この作戦にはタルタロスの地核突入阻止と、万が一それが叶わなかったときの保険としてルーク一行を地核に沈めておく手立てが必要だった。
――それが、シンク。
地核に降下するタルタロス、そこにルークたちを沈めておくこととは、つまり。
*
「シンクじゃなきゃ駄目なの?」
作戦会議が終わったのち。エッダはシンクを捕まえて問うた。
今回の作戦では、エッダはシェリダンを襲撃する部隊に組み込まれている。単独行動を取ることになるシンクとは、機を逃したら話しができないかもしれない。
向き合ったシンクは、エッダの言わんとしていることを察していたようで淡々と答える。
「諸々の可能性を検討した結果、ボクが一番適任だった。それだけだ」
「……ルークたちの足止めならあたしだって、」
「アンタじゃ荷が勝ちすぎる。タルタロスへの潜入、気取られないように脱出手段を奪って、ルークたちを引き止める。無理だね」
「じゃあ、あたしも一緒に」
「くどい。作戦はもう決まった。変更はない」
話は終わったと、シンクはくるりとエッダに背を向ける。
その背中に向かって、エッダは。
「シンクの代わりなんていないんだよ……!」
*
視界が広い、とシンクは思った。
いつも彼の素顔を隠していた仮面は、戦闘のさなかに外れて落ちた。
対峙するルークたちの姿がよく見える。目の前に立つ、同じ顔の存在も。憎らしいほど瓜二つの存在。
けれども、決定的な違いがある。
「ゴミなんだよ……。代用品にすらならないレプリカなんて……」
「……そんな! レプリカだろうと、俺たちは確かに生きてるのに」
ルークが叫ぶ。それに首を振る。
「必要とされてるレプリカのご託は、聞きたくないね」
「そんな風に言わないで。一緒にここを脱出しましょう! 僕らは同じじゃないですか」
そう言って手を差し伸べてくる七番目のレプリカのそれを払って拒絶する。
同じじゃない。
おまえとボクのなにが同じだって言うんだ。
憎しみをこめるようにして吐き捨てる。
「違うね」
一歩、二歩と後退りしていく。ちらりと足元を見れば、そこはもう甲板の端だ。文字通り、後がない
「ボクが生きていけるのはヴァンが僕を利用するためだ。結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ……」
でも、それももう終わり。
シンクはルークたちに負けてしまった。一緒に地上に戻るなど、それこそありえない。こんな役立たずになんの価値があるっていうんだ。
一歩、後ろに足を踏み出す。掴んだのは空。残った足で甲板を蹴り、シンクは宙に身を投げ出した。
煌びやかな光の奔流のなかを、落ちて行く。
*
死ぬことなんて何も怖くなかった。
むしろ掃き溜めから産まれたゴミのような人生を終わらせられて、せいせいする。
なのに。
――ああ。
認め難いこと極まりない。ボクは案外と生に執着――未練があるのかも知れないな。
エッダ。
アンタの泣きそうな顔がどうして浮かぶんだ。終わった最期に。
あんたはバカみたいに、能天気に、笑ってろ。
それが相応しい。アンタにお似合いだ。
――だから。似合わない泣き顔をどうにかしたいから。
最後に会いたいのは。
エッダ。
アンタ、ホントに厄介だよ。
ボクにこんな感情を抱かせるなんてさ。
全てはもう遅いけれど。
手。伸ばしても届かない、
2022.03.02 初出
2022.04.22 加筆修正