ND2017が終われば、

 神託の盾\騎士団、第五師団、師団長執務室。
 カリカリとペンを走らせる静かな音だけが響く一種の静寂を破り、呻き声があがった。
「あーもー、勤務体制考えるの疲れた……飽きた……。休み希望者多すぎ……希望日被りすぎ……」
 声をあげたのは濡れ羽色の髪に夜色の瞳をした少女、だ。
 向き合っていた書類から目を離し、両手を組んで上にあげうーんと伸びをする。
 気分転換に紅茶でも淹れるか、と席を立ったところで、黙々と仕事をするシンクを振り返って問いかける。
「紅茶飲む? ストレート? ミルク?」
「ストレート」
 りょーかい、と返事をひとつ。シンクも飲むならば小休憩にしよう。
 戸棚にお菓子あったかな、と思いながらは紅茶を淹れる支度に取りかかった。


 *


 ポットからカップに紅茶を注げば、ふわ、と芳香が鼻をくすぐる。それだけで仕事の疲れが少しは癒やされるような気がする。戸棚にあったクッキーを添えれば、簡素なお茶会といった体になる。
「このクッキー、どうしたの」
「んー、どこのか分からないけど、リグレットからもらったやつ」
 だから美味しいと思うよ、と付け足しながらその菓子をかじれば、ほろ、ざく。砂糖とバターの味がした。やはりというべきか、美味しい。シンプルな味だからこそ素材の良さがよくわかる味だ。紅茶によく合う。
 これはもしかしたら紅茶好きのに合わせて買ってくれたのかもしれない。今度会ったときにお礼を言わなくちゃ、と考えていると、ねえ、とシンクから声がかかった。

「去年は特に疑問に思わなかったんだけど」
「うん?」
「なんで年末年始に休み希望者が多いわけ?」

 が逃避しかけていた書類仕事の話だ。
 平坦な声色から察するに、ほんとうにただ疑問に感じただけなのだろう。
 あーねえ、とは紅茶を一口飲んで、それから。

「やっぱ年末年始はねえ、家族と過ごしたいって考えるのが一般的だからかな」
「ふぅん。カゾク、ねえ……」
「軍人やってればなかなか休みも取れないし、だからこういう時にぐらい顔を見せろって親も思うんじゃない?」

 よくわからないけど、と答えるにも、そしてシンクにも、そういってくれる親はいない。だから明るい顔で、けれども少し申し訳なさそうな表情で休み希望を提出してくる部下の気持ちも分からない。

「それにしたって希望日被りまくりで調整大変なんだけどね」

 げんなりとした表情で眺めるのは、提出された休み希望の紙の束だ。がまとめる部隊だけでも結構な量になっている。これが師団全体となればかなりの休み希望者が出ているだろう。
出身がダアトではなく、キムラスカやマルクトの者も多い。遠方への帰省となれば移動に時間がかかるため、必然的に希望する休みが長くなってしまう。
「ね、提案なんだけど、この人手が足りない年末年始にも休まず働く兵士には、手当出してもいいんじゃない? それくらいのご褒美があってもいいと思うんだよね」
「そうすれば、次から休み希望者も減るって考えてない?」
「バレたか。それもある」
「まあ……考えておくよ」
 シンクも手元の紅茶を飲む。が淹れてくれた、飲み慣れた味だ。シンクには家族なんてものは分からない。初めから存在しない。最初からいてくれた存在など、ヴァンと、それこそくらいになる。けれどもそれも家族と呼べはしないことが分かる。

「今年も終わる、か」

 ぽつり。
 がこぼした、そのひとこと。
 ND2017が終われば、次は。

「来年も忙しくなるねえ」

 何かを誤魔化したような笑みに。
 そうだね、とだけ返し、シンクは馴染み深い味の紅茶をすすった。

ND2017が終われば、
2021.12.27 初出
2022.04.22 加筆修正

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