夜に請い願う
――ふ、と意識が浮上する。気怠くも心地良い意識に身を委ね、ガイアは目を開いた。
あたりを見回せば、夜の帳が落ちた以外は眠る前となんら変わりない、の部屋だ。ガイアが体を預けているベッド周りの床には脱ぎ捨てた衣服が散乱している。
そして部屋主はといえば、彼の腕の中、静かな呼吸を重ねている。シーツの裾からのぞく白い肩には赤い痕いくつかが残っていた。
体を横にして眠っている体勢でいまは見えないが、首元や胸元にだって、いくらでも。
「ぅ、ん……?」
が寝返りを打とうと身じろぎをしだす。けれどもガイアの腕の中に閉じ込められているため叶わず、結局、なにごとかをもごもごと呟きながら元の姿勢に収まった。
その際に、はらり、白銀の髪の一房が頬に落ちたのを、ガイアは掬って耳にかけてやる。
「……ぅうん、」
先ほどよりは明瞭な呟きに、ガイアはすわ起こしたかと内心冷や汗をかく。
夜の帳の落ちたころ、こうしてが夢の中にいるのをいいことに彼女を眺めることが、ガイアのささやかな楽しみの一つだった。
の、一見すると華奢な肩の線は触れてみれば引き締まった筋肉が身に付いていることが解る。彼女が全体的に線が細く見えるのは体質と鍛え方の問題で、当人は不服そうなのだが、は肉がつきにくい体質をしている。鍛えた分だけ余計な肉が削ぎ落とされ、必要な肉が体に残る。そういう体質なのだ。
だがそれも、あくまで戦いに身を置くときの話であり。
夜のベッドでは一寸、事情が異なるのだが、それはまた別の話に。
のうめき声に、起こしてしまったかと息をひそめて見守るなか、目と鼻の先にある目蓋がゆっくり持ち上がり紅玉の瞳を覗かせた。ただし、目つきはかなり胡乱だ。とても眠たそうである。
「すまん、起こしたか?」
小声で声をかければ、返ってきたのは「んぅ……目がさめた……」と、なんとも眠そうな声だ。再び眠りに落ちるのも時間の問題かもしれない。
ひとみはとろんと今にも落ちてしまいそうで、言葉もおぼつかない。ぼんやりと瞬きをくり返し、ガイアの手に頬を擦り寄せてくる姿は、はっきり言って無防備だ。とてもじゃないが他の人間、特に男には見せられたもんじゃない。
けれども、ガイアは知っている。がこんなにも無防備な姿をさらけ出すのは、他ならぬガイアの前だからということを。他に人の気配があればこうならない。動物並みの本能だな、と薄く笑いを浮かべる。
はガイアの腕を枕に、再び眠りの淵に沈みかけようとしていた。そこに、届くか届かないかギリギリの密やかな声で問いかけたのは、答えを聞きたかったのか、それとも。
「……お前にとって、生きることってのはなんだ……?」
「たたかう、こと」
やや鮮明な声と、確かな答えが返ってきた。目は代わらず眠たげだが、その声音は明瞭(はっきり)としていた。
「戦うこと、か」
反芻すれば、うん、と半分眠りかけた声が頷く。
「生きることは……たたかいだから……。さいわいなことに、わたしには戦うちからがあるから……。そうでないひとたちを……まもる……ことが……神の目を持つ者の使命でもあるんじゃないか……」
生きる。
戦う。
守る。
そのとき思い描けいのは、光に向かって凛と背筋を伸ばして立つの姿だった。
「――眩しいな」
「……まだ夜、だよ……?」
そうじゃないんだ、と言えなかった。
がこんなにも眩しい。その心の透徹さに、泣き出したくなるほど胸を打たれる。
自分のような後ろ暗い人間が傍にいていい存在じゃない。もっと、陽の光のもとを大手を振って歩けるような――この眩しさに目を焼かれてしまわないような、そんな人間こそがふさわしい。カーンルイアのスパイとして、本心をひた隠しに生きている自分なんかじゃだめだ。理性ではそう思うのに。
それでも、これほどまでに手放し難いと感じてしまうのは、光と影のようなものなのだろう。
……どうか傍にあることを許してくれ。
許しを請う代わりに、いつの間にか再び眠りの底へと沈んでいたの名を小さく呟いた。
夜に請い願う(初出 2022.06.18)
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