Happy birthday Kaeya 2022

 11月30日と12月11日。お互いの誕生日が近いこともあり、それぞれ誕生日当日に祝うより中間の日に休みを取って二人だけで祝おう。
 というのが、ガイアとの二人の間で交わした約束だった。互いの誕生日当日はきっと忙しないことになるだろうから、と。
 の、だれけども。

「明日は、30日……」
 夜更け。
 寝支度を整えたは、壁掛けカレンダーの日付を指でそうっとなぞりながら、小さく呟く。
 そう、明日は11月30日。ガイアの誕生日だ。
 お祝いは二人まとめて一緒にしよう、と約束はしたものの。いざ彼の誕生日を目前にして、本当に何もしなくていいのだろうかと今更焦りが湧いてきた。
 とはいえ何をしたものか、とっさに浮かばない。準備をしてあるプレゼントは二人きりの誕生日パーティー用のものだから、これは渡せない。
 では花束は、と思い浮かんだが、きっとこれは明日、たくさんの人から貰うことだろう。なにせ彼はモンド城でも人気の西風騎士で、人々から慕われている。それに酒場に入り浸っているので、酒飲み仲間だって大勢いる。
 恋人として贈るのだから、どうせなら特別なものを贈りたい。けれども何を贈ればいいのか分からない。――ガイアならきっと、から贈るものならなんだって喜んでくれるだろうけれども。だからこそ、特別な思い出になるものを贈りたい。
 せめて思いつくのがもっと早ければ、誰かに相談できたものを。生憎と夜の帷もすっかり落ちて、こんな時間に友人の家を訪ねるのは非常識な時間帯だ。
 しばらくの間、うんうん唸っていただったが、やがて諦めてベッドに潜り込んだ。
 明日あす、目が覚めた自分が妙案を思いつくことを願いながら。


 *


「今日は、休み?」
 きょとん、と目を丸くする。目の前のジンは、ああ、と頷いた。いつもの時間になっても執務室に現れないガイアを不思議に思い、代理団長の彼女を訪ねたところ、返事がそれだった。
「今日はガイアの誕生日だろう? だから今日くらいは休んで貰おうと思って」
「昨日、そんなことは言ってなかったのですが」
「すまない、君が帰った後で伝えたんだ。……恋人の君にも言っておくべきだったな」
 そこまで考えが至らなかった、とジンが眉を下げる。は慌てて手を振った。
「いえ、ジン団長が謝ることは何も。公私は……説得力がないかも知れませんが分けているつもりですので、急に決まったことなら仕方ありません」
「……そう言ってもらえると有難い」

 ジンの執務室を退出し、持ち場であるガイアの執務室に戻って、はなんともつかないため息を吐いた。主が不在の部屋に、その音はやけに大きく響く。
 誕生日当日にガイアに会えないのは少々寂しいけれども。結局、朝起きても何もいい案が思い浮かばなかったのだから、これでいいのかもしれない。
 ――花束は他の人から貰うだろう。焼き菓子でもきっと喜んでくれるだろうけど、それはちょっと違う気がする。お酒は、これも喜んでくれるだろうが、とっておきのものを二人の誕生日パーティーのために用意してあるので、やっぱり渡せない。

 ――わたしはこんなにも、ガイアのためになにもしてあげられない。

 ずしりと重苦しくなる気持ちと共に、一人きりの執務室で深く、ため息を吐いた。


 *


 特に緊急事態が起きることはなく、隊長が不在でも一日の仕事はつつがなく終わった。
 他の部隊から回ってきた書類で、ガイアにしか捌けないものを締め切りの早い順にまとめて彼の執務机に載せる。あとは今日の仕事で使った資料を棚に戻せば、片付けも終わり。明日への準備も万端だ。
 そうしては騎士団本部を出た。本部入り口を守る騎士や巡回の騎士、それにモンド城の住民に声をかけられ、挨拶を返しながら帰路に着く。
 秋も深まってきたこの頃、陽は暮れるのも早く、辺りは随分と暗い。家々の影が長く落ちる道では街灯の灯りが頼りだ。
 間もなく自宅のアパートに着こうかというとき、は家の前に人影があることに気がついた。瞬間。
 どきり、胸が躍る。

 隊服だろうと私服だろうと、そのシルエットを間違えることなんて、ない。

「ガイア……!?」
「よっ」
 壁に背を預けて立っていたガイアは、休日ということもあり私服姿だった。軽く手を上げて歩み寄って来る。
「どうしたの、今日は休みだったんじゃ」
「ああ、ジンから急に休みを言い渡されてな。お陰で有意義な一日だったぜ」
「ならいいんだけど……どうしてここに?」
 小首を傾げるに、ガイアは「おいおい」と苦笑いを浮かべる。
「確かに有意義な一日だったが、せっかくの誕生日にお前に会えないんじゃあ、心残りのある日になっちまうだろう?」
 告げられた言葉に、の胸が小さく跳ねた。
 朝、ジンからガイアの休みを聞いて寂しく思ったように。彼もまた同じ気持ちでいたのかと、そう知って、心がじわじわと温かくなる。
「……わたしも、会いたかった。せっかくの誕生日だから、直接会って、おめでとうを言いたくて」
 はにかみながら素直な言葉を口にする。
 と、彼の隻眼が丸く見開いたかと思えば、口元に手を当てなぜか視線が逸らされた。
「どうした? 具合が悪いのか?」
「いや、それは反則だろう」
「反則?」
「これだから無自覚ってのはたちが悪いぜ……」
「うん?」
「他の奴にはそんな顔してくれるなよ、ってことだ」
「んん……?」
 なにやらよく分からないことを言っている。
 ほんの少しの間、噛み合わない会話を交わしたところで、気を取り直したらしいガイアが改めてに向き直った。
「ところで晩メシはまだだろう? 鹿狩りに食いに行かないか」
「いいね。行こう……あ、」
 なぜかその瞬間に、閃いた。

 ガイアにあげられる、自分にしかあげられないもの。

 歩き出そうとした彼の腕を、ほぼ反射で掴む。
「どうした?」
 と振り向いた彼に、パッと手を離してから。
「あーっと、忘れ物があって。その、一回家に入ろう」
 と言い募る。懐から家の鍵を取り出して、玄関の施錠を解く。ガイアを招き入れ、扉を閉めてから――。
 そっと、彼の身体に身を寄せた。背伸びをして、鼻と鼻が触れ合う距離で星の宿る瞳を捉えて。
「誕生日おめでとう、ガイア」
 彼の唇に自分のそれを重ねた。
 とっさに目を瞑ったので、ガイアがどんな表情を浮かべているかは分からない。けれどもの腰にするりと腕が回され、もう一方の手が後頭部をしっかりと固定してきた。その反応が充分すぎるほどの答えになる。
 重ねては離れ、再び重ねるキスを何度も繰り返していくうちに、段々と口付けが深いものになっていく。
「ん……」
 の鼻から甘い音が抜ける。
 薄く開いた唇の隙間から、ぬるりと舌が侵入してきた。ざらついた表面で口内を撫ぜられると、背骨を駆け上がるようにびりびりと痺れが走る。思わず身をよじろうとしたけれども、腰をしっかりと抱き寄せられていて、身動き一つ、ままならない。
 そうしているうちに舌を絡め取られた。肉厚で力強い舌が、の舌をいいように蹂躙していく。やわらかいのに力強く、ぬるりとしているのに表面はざらざらとしていて、与えられる刺激の落差に頭がくらくらしてきた。たまらず身体から力が抜け、ガイアの身体にもたれかかると、唇がゆっくりと離された。触れるだけのキスをひとつ、残して。
 照明を点けていないため、室内は夜の帷が落ちていて暗い。だからは気付かない。目の前の男の瞳に、どんな色が宿っているのかを。
「随分な忘れ物だった、なぁ?」
 今夜は覚えとけよ。

Happy birthday Kaeya 2022(2022.12.02)

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